「イけた?」
ふいにムウの声がマリューの耳に届く。
「──────ぁ」
どのくらいそうしていたのだろう。まだ整いきれていない呼吸に息苦しさを感じながら、マリューは薄っすらと瞳を開いた。もしかしたら、少しの間気を失っていたのかもしれない。
彼の問い掛けに答えられないまま、マリューは絶頂の余韻に浸っていた。
「ぁ、え?」
が、それも長くは許されないらしい。
力の入らない躰をムウはそっとうつ伏せにし、腰を掴んで高く持ち上げるとあっという間にマリューのショーツを脱ぎ去ってしまう。そして、マリューが現状を理解するより早く、硬さを取り戻していた彼の肉棒がずぶずぶと彼女の胎内へと侵入してきた。
「ひ───ぁ、ふぁっ…………ひやああぁぁぁぁぁッ!」
絶頂の余韻も覚めやらぬ躰に、その太い杭は強すぎる刺激でしかなかった。感じる間もなく再び絶頂に押し上げられたマリューの四肢は、本人の意識や感情など全部無視して痙攣を繰り返す。
「あ、あ………」
彼が支えてくれていなかったら、あっという間に腰を横たえていただろう。全く力の入らない躰をベッドとムウに預け、マリューはただ与えられる快感に躰を震わせることしか出来なかった。
「んぁ、はぁ、ンっ」
そうしている間にもムウの腰はゆっくりと動き出す。彼の言う通り、本当に体は正直だ。こんなにも躰に力が入らないというのに、膣壁を擦りあげるムウの熱に、マリューの口からは嬌声が零れ、蜜口からはじゅぶじゅぶと厭らしい水音が響いていた。
始めはゆっくり浅く。だが、やっぱり彼女がその快感になれるより早く、ムウの腰の動きは荒々しさを増していった。
「あっ! あっ! はぁんッ!」
喉がカラカラでどうしようもない。だらしなく零れていく唾液をごくりと飲んでみたが、それも一時の気休めでしかなかった。
そんな風に、一見乱暴とも思える彼との情事だったが、それでもマリューの心は満たされていた。彼の欲望が自分に向いていて、それを受け止められる自分がいる。彼を失ったと思った時、絶望に暮れる彼女を支えようとしてくれる友人はたくさんいた。しかしこんなにも上手にマリューを甘やかして、固かった自分の心を溶かしてしまう人を、彼女は知らない。
ムウに抱かれているという幸せの中で、やっぱり浮かぶのはナタルの顔────彼女には、こんな風に自分を曝け出せる相手はいたのだろうか。一度でも、心も躰も溶け合うような経験をして逝ったのだろうか。
だが、あのお堅い彼女しか知らないマリューに、彼女のそんな相手を想像することは出来なかった。
「────ッ! マ、マリュー!?」
ムウの慌てた声が聞こえる。それで、自分の頬に伝ってシーツに染みを作っていた涙の存在に、マリューは始めて気付いた。
「えっ、なに? 何か泣くほど嫌なことした? 俺」
力の入らない躰を、ムウが器用に起してくれる。背面座位の格好になってムウの肩に寄り掛かると、彼が心配そうに自分を覗き込んで来るのが気配で判った。
「なぁ、もしかして俺、本当に調子に乗り過ぎた?」
そんな風に訊いて来るムウに、申し訳ないなという気持ちが湧き上がる。せっかく彼が、自分の躰に夢中になってくれてたというのに、文字通り水を差してしまった。
辛うじて首を小さく横に振ると、自分が原因じゃないと言われて少し安堵したのか、ムウが小さく溜息を吐くのが聞こえた。
「違うのか? なら、どうしたんだ」
「ちが……うの」
伝えないと。幸せで、大好きで、でも少しだけ哀しくて────
「わたし…………うれ、しくて」
「?」
虚空を見つめていた視線をゆっくりと彼に向けると、良く解らないといった彼の顔が目の前にある。
ムウが生きている。
自分の触れられる場所にいる。
もう何度も確かめたことなのに、マリューはそれが、本当に嬉しかった。
「今回の旅で、色々と思い出しちゃったのは────ムウ、貴方だけじゃないってことなのよ」
「─────ッ!」
ムウの顔が険しく歪んだ。普段軽く振舞っているくせに責任感の強いムウのことだ。きっとまた責任を感じて、自分を責めているかもしれない。
そんなムウに、責任を感じて欲しいんじゃないことを伝えたくて、自分の体を支えてくれていた彼の手の平に自分の手を重ねた。
「それから、こうして体を重ねることで安心してるのも、貴方だけじゃないってことかしら、ね」
「マリュー………」
微笑んだ顔の筋肉も上手に動かない。そんな気だるさを感じながらも、マリューはのろのろと自分の膣(なか)から彼のモノを抜き去った。そのままゆっくり彼の方へ向き直ると、ムウの首に腕を回し、重たい頬の感触を振り切って満面の笑みを浮かべて彼を見つめた。
「ね? だから、今は貴方だけで私を満たして」
そうして二人で、生きていることを思い切り感じればいい。脳裏に浮かぶあの女性に報いるためにも、二人で精一杯幸せになればいい。
そんな願いを込めて重ねた彼女の唇を、ムウはしっかりと受け止めてくれた。
そのままゆっくりと重力にしたがって倒れていく体を心地よく感じながら、彼の首筋に纏わり付く長い髪を愛おしく指に絡ませる。
「ふ………ぅん」
と、さっきまで繋がっていた部分に再び感じる熱い塊。それがゆっくりと侵入してくると、言葉通り彼女の欠けていた部分が満たされるような、言い知れない充足感がマリューを満たしていった。
「そんな台詞言って、後悔しても知らないぜ」
「言っても言わなくても、いつも貴方は私を思い切り抱くじゃない」
「そら、ごもっとも」
そんな貴方が好きなんだけど……とは、今は言わなかった。言ったらきっと、彼は調子に乗ってしまうし、これ以上は自分の躰が持ちそうもない。
クスクス笑うマリューに、いつの間にかムウの真剣な瞳が向けられていた。
「マリュー、愛してる」
また、鼻の奥がツンとした。今日何度目かの涙で、彼女の涙腺はすっかり緩んでしまっているらしい。
何度も聞いたはずの言葉でまた、マリューの心は満たされていく。
「私も、私も愛してるわ。ムウ」
ムウの首に回したままの両腕にほんの少し力を込めて、彼を引き寄せながらマリューも答える。微笑み合う二人の間に、しばし穏やかな時間が流れ────
「ぅ、んッ!」
膣内を突如圧迫した彼の肉棒によって、その空気はいとも簡単に簡単に壊されてしまった。
「あー……えっと、その…………………ゴメン、で、いいか?」
「……………………」
「……………………………」
「……………………………………………………………………………クスッ」
「えぇーっ!? 笑うところかぁ?
俺だって、キメなきゃいけないところくらい、かっこよくキメたいんだけどな」
「ふふっ、大丈夫よ。ムウはいつだってカッコイイから」
「このタイミングで言われてもさぁ」
ぽりぽりと後頭部を掻く彼を愛しく感じながら、マリューは込み上げてくる笑いをなるべく堪えてあげていた。
「確かに俺は、マリューには敵わないからなぁ。
だからせめて、こっちではたまらなくなるくらい悦がらせてやるよ」
「ふぁッ! あああぁっ!?」
完全に油断していたマリューの蜜壺が突然掻き回され始める。
少し水分が無くなっていたのか、にちゃにちゃと粘性の強い音がやけにリアルだ。
「あっ! はぁッ! んぁ!」
ムウの腰の動きがあっという間に激しさを増していく。強すぎる刺激がマリューの官能を引き摺り出し、粘性が強かった膣内は新しい愛液で満たされてムウの動きを助けてしまう。
「マリュー、すごい。もうそんな感じて」
「あぁっ! ムウ、ムウっ!」
何かにしがみ付いていなければ、意識ごとどこかへ飛んでいってしまいそうな快感に、マリューは彼の首に回した腕の力を一層込めてムウを抱きしめていた。
「マリュー、マリュー…………」
ムウの声が自分を呼ぶ。耳のすぐ近くで囁かれる彼の深い独特の声は、それだけでマリューを追い詰めていくのに十分だった。
「あ────ふか、いぃッ!」
なのに、彼はそれ以上に彼女を求める。マリューの膝の裏をそれぞれの腕でがっちりと掴むと、彼女の体を折り曲げるように覆いかぶさって来たのだ。
上から突かれるような体位に、マリューは翻弄されるばかりだった。
「ふぁ、あ、ムウ……ムウ…………ッ!」
「マリュ……マリュー」
彼女の膣内で一番気持ちいい部分が擦り上げられる。そればかりかズンズンと奥へ響くムウの感触に、マリューはあっという間に押し上げられてしまった。
「あぁぁ、ムウ、来る……っ! イクぅ…………ッ!!!」
そして訪れる真っ白な時。
子宮から駆け上がってくる快感に気持ちを預ければ、彼の形がハッキリ判るくらいにムウの肉棒を締め上げる。
「─────くッ」
「は、ふあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁッ!」
胎内に熱いものが注がれていく。真っ白な脳内を満たしていくムウの昂ぶりに、心からの充足感を感じながら、マリューは彼の肉棒の痙攣が治まるのを絶頂の余韻の中で待った。
「────は、あぁ………」
今度は本当に体中力が入らない。もっと彼にくっついていたかったマリューだが、その脱力感には勝てずに、ムウの首に回していた両腕をゆっくりとベッドに落としていく。それを合図に、ムウも抱えていた膝を解放して、くの字に折り曲げられていたマリューの体を解放してくれた。
さすがに、男性の回復は早いのだろう。マリューが余韻に浸ってる間に後始末を考え始めたムウの気配に、マリューは一抹の寂しさを覚えてしまう。
「ムウ」
二人のベッドの脇にある箱に手を伸ばそうとしていた彼の動きが止まって、自分の方へ右手を差し出してくれる。そんな、何よりも自分を優先してくれるムウの態度が、今のマリューには心地良く感じられた。
力の入らない腕を持ち上げて、彼の右手に指を絡める。
「ん? どうした」
「まだ、そのままでいて」
「それはいいけど、このままでいたらベッドが汚れちまうぜ」
「いいの」
本当なら、軽く体を拭いてからそうした方がいいのはマリューも良く知っている。
でも、今は少しでも長くムウとくっ付いていたかった。
「いいの。もう少しだけ、このままでいたいの」
絡めた左手をそっと引けば、そのまま彼が覆い被さるようにマリューを抱きしめる。目の前まで来たムウの胸元に擦り寄ると、ムウはマリューが楽なようにと彼女ごと横に倒れてくれた。
ぎゅっとつかんだ彼のシャツから、ムウの香りがする。
性交で消耗された体力。それに、長旅の疲れもあったのだろう。彼の香りに安堵したマリューは、まるで気を失うように眠りの世界へ堕ちていった。
◆◆◆◆◆
幸せな香りが二人の家を包み込む。
気だるい体に鞭打って作った、帰宅最初のディナーはとてもシンプルなものだったけれど、何年経っても大食漢なムウは『美味しい』と微笑みながらマリューの料理を平らげていた。
窓の外では、すっかり沈んでしまった太陽が、最後の明かりを空に残している。それを、誰かと美しいと感じ、簡単だけれど胃袋を満たしてくれる食事を誰かと採って、怒ったり、笑ったりしながら進んでいける。
今のムウとマリューを見たら、ナタルは何と言っただろうか。
驚いた顔をして、でもその後ぶっきらぼうに『お幸せに』とでも言うのかもしれない。
ムウの居なかった二年間、彼女のことを思いだせる時間はほとんど無かった。思い出せば憎しみと哀しみが溢れて来ただけだったし、何よりムウ以外の人を思い出す余裕も無かったのかもしれない。
「ん?」
目の前の彼の顔をマリューがじっと見つめていると、つい数時間前まで消え入りそうだったムウの存在がこんなにもハッキリと感じられる。
『俺たちの先の話をしよう』
そう言ってくれた彼の言葉を胸に、二人はこれからも生きていく。
幸せそうに食事を進めて行くムウに頼もしさを感じて、マリューはまた、クスリと微笑んだ。
- fin. -